読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

卵内殻より

考えてるけど答えは出ず

かわいいは暴力(物理)※1/15加筆修正

新年あけまくっておめでとうございました!寒いですね。

新年最初の記事です、少し物騒。毎回だ。

すごく好きな漫画で「プリマックス」と言う作品があります。

tonarinoyj.jp

はちゃめちゃにかわいいんですね、この作品。

かわいいの応酬。それ以外にもあるんですけどとりあえず私の頭ではまだ「かわいい」しか理解できていません。

最近漸く買わなきゃ、買わなきゃと思っていたプリマックスの1,2巻を手に入れ一気読みできて、改めて「かわいい」について自分なりにごちゃごちゃ考えた事を書き留めておこうと思いました。

たまに自分で読んで思考を反芻する用。もしかしたら追記もありうる。

※1/15加筆修正

 

 「かわいい」とはなんぞや

世の中にあふれるかわいい。

ネットで見聞きした「かわいい」の定義みたいなものは

  • 「可愛い」は幼いもの、小さいものに対する情愛や愛着などを表現する意味合いが強い
  • 乳幼児的な特徴とは全く異なるものに対しても、愛着の表現として用いられる場合がある(例:トレーラーの運転手が自分のトレーラーに対して「かわいい」と表現する)

など、大体こういうものが本来の「可愛い」なんですよね。(引用:可愛い - Wikipedia)

庇護欲や母性を引き出された時や愛着を感じた時の表現のはずです。

そう考えると、自分が推しやその周辺若手俳優に叫ぶ「可愛いー!」はこれに近いのかな(と言うかこの意味での「可愛い」なのかな)と思います。

 

命の危機を感じる「かわいい」

ではそんな庇護欲や母性を引き出し愛着を感じたはずの「可愛い」ものがなぜ暴力なのか。

私は常々「かわいいは暴力、圧倒的かわいいの前では我々は無力」と念仏のように唱えています(声には出しません)

 一番命の危機を感じた「かわいい」は2014年4月某日行われた「春のテニミュ大運動会2014」内、紅白リレー。

遠山金太郎君と越前リョーマ君のじゃれ合いを目撃してしまった瞬間でした。

リョーマ君が大好きな金ちゃんが本当に子どもの豹の様にリョーマ君を掴まえてゴロンゴロンする様子に瞬間最大風速の「かわいい」でした。

孫(知念寛君)の応援に来ていた私もあの絵面には「かわいい」と叫ばずにはいられませんでした。

しかし「可愛い!」の感情と一緒に湧いたのは「こいつら私たちを○す気だ(物騒なので伏せます)」と言う割とマジな恐怖。

「かわいー!!」と声を出し続けなければ私は死んでしまうんじゃないかと思うくらい死ぬのが怖かった。

かわいー!の悲鳴は断末魔の代わりになっていたような気さえします。

目に見えない何かで殴られ続けるような感覚でした。

実際に殴られている訳でもなく、また何度も殴打されるような経験も(幸いなことに)ありませんでしたので、「ものの例え」の域を出ませんが

  1. 視覚から得られる「かわいい」の情報量に対し脳の処理が追いつかなかった結果、ストレスとして身体にフィードバックした。
  2. そのストレスの内容は「“かわいい”の情報処理をしきれない」のみ。理論的にも感覚的にも処理しきれなかった。
  3. 何かの理由付けができない気持ち悪さと言語化できない歯痒さがストレスになったが何故「かわいい」がストレスになったか、理解できないことで瞬間的なパニックに陥った。
  4. 瞬間的なパニックに陥った要因は今目の前にいる彼らの「かわいい」行動、それにより生じた謎の瞬間的膨大なストレスに生命の危機を感じた
  5. 結果「“かわいい”に“物理的に”○される」(物騒なので伏せます)

 こんな所だったのかなと思います。しかし、私の置かれている状況は「念願かなって見る事ができたテニミュ大運動会」と言う幸せの時間だった事は理解していたので「可愛いー!」と絶叫し続けた。

強烈な「可愛い」は物理的に人間を殺せるとは私の持論です。

 

大真面目風に何言ってんだコイツって私も思っています。

 

ホントに何言ってんだコイツ。